経営戦略フレームワークと調達の関連性
調達は、単なる仕入れ業務を超え、企業戦略全体に関わる重要な役割を果たしています。経営戦略フレームワークを活用することで、調達部門の役割を戦略的に再定義し、企業の競争力を高めることができます。ここでは、マイケル・E・ポーターによる「5つの力」や「バリューチェーン」、ロバート・S・キャプランとデビッド・P・ノートンによる「バランススコアカード」を例に、調達戦略の最適化を考えます。
5つの力における調達戦略の考え方
マイケル・ポーターの「5つの力(Five Forces)」は、業界の競争環境を分析するためのフレームワークで、競争優位性を考える上で非常に有効です。調達部門の視点からは「売り手の交渉力」に特に注目することが求められます。
5つの力 | 内容 | 調達戦略への影響 |
---|---|---|
業界内の競争 | 競合が激しいと価格競争が生まれ、業界の収益性が低下 | 売り手間の競争を利用して価格引き下げを図る |
新規参入の脅威 | 参入が容易な業界は収益性が低くなりやすい | 新規サプライヤーの出現により選択肢が広がる可能性 |
代替品・サービスの脅威 | 他業界からの代替品が増えると、既存製品の価値が低下 | 代替品の存在が価格交渉に有利に働く |
買い手の交渉力 | 買い手の要求が強いと収益性が低下 | 調達側が主導権を握る場合、コスト削減が可能 |
売り手の交渉力 | 売り手が交渉力を持つと、コスト増加や収益性の低下を招く | 売り手の交渉力が強い場合、代替サプライヤーの検討や長期契約でリスクを分散 |
売り手の交渉力が強い業界の特徴
売り手が強力な交渉力を持つ業界では、調達戦略を慎重に検討する必要があります。以下は、売り手の交渉力が強いときの典型的な状況です。
- 売り手が市場を独占・寡占している場合
- 代替品が存在せず、依存が避けられない場合
- 買い手が売り手にとって重要な顧客でない場合
- 売り手の製品が買い手のビジネスにとって不可欠な場合
- 他社製品に切り替えるコストが大きい場合
売り手が強力な交渉力を持つ場合、調達部門は売り手との関係性を戦略的に管理し、リスクの分散や交渉力強化を図ることが重要です。
バリューチェーンと調達戦略の関連性
ポーターの「バリューチェーン(価値連鎖)」は、企業がどのように価値を創出し競争優位を得ているかを分析するためのフレームワークです。バリューチェーンにおける調達の役割は、価値を生み出すプロセスの一部として非常に重要です。
活動 | 内容 | 調達における役割 |
---|---|---|
調達物流 | 原材料や部品を工場に運ぶ過程 | リードタイム短縮や在庫管理の最適化により、効率的な供給を実現 |
製造 | 生産プロセス全体 | 必要な原材料をタイムリーに供給し、生産ラインを止めない |
出荷物流 | 顧客に製品を届ける過程 | 調達品の品質を確保し、顧客満足度向上に寄与 |
調達(支援活動) | 取引先選定、価格交渉、発注など | 取引先との協力関係を築き、コストと品質のバランスを保つ |
日本の調達物流とVMI(Vendor Managed Inventory)
日本における調達物流では、サプライヤーが買い手企業の在庫を管理する「VMI(Vendor Managed Inventory)」が広く活用されています。これにより、リードタイムの短縮や在庫管理の効率化が実現し、サプライチェーン全体の価値向上に貢献しています。特に日本では、買い手と売り手が強固な連携を持ち、調達のリスクを軽減しつつ柔軟な対応が可能です。
バランススコアカードによる調達部門の戦略評価
バランススコアカードは、企業活動を「財務」「顧客」「内部ビジネスプロセス」「学習と成長」の4つの視点で評価し、長期的な成長を促進するためのフレームワークです。調達部門の評価にも活用でき、短期的なコスト削減と長期的な価値創造のバランスを取ることができます。
視点 | 目標 | 活動例 |
---|---|---|
財務 | コスト削減、費用効率化 | 調達費用の見直し、価格交渉の強化 |
顧客 | 顧客満足の向上、納期遵守 | サプライヤーの品質向上、納期管理の強化 |
内部ビジネスプロセス | プロセス効率化、リスク管理 | サプライヤー管理の強化、コンプライアンス遵守 |
学習と成長 | 組織力・人材育成 | 調達専門知識の強化、チーム間コミュニケーション強化 |
バランススコアカードの「バランス」の意義
バランススコアカードが重視する「バランス」にはいくつかの意味があります。
- 金銭的と非金銭的
財務指標(コスト削減、利益など)と非金銭的指標(顧客満足度、業務改善)を同時に重視し、企業全体の持続的な成長を目指す。 - 短期と長期のバランス
短期的なコスト削減だけでなく、長期的なサプライヤー関係の強化や人材育成にも注力することで、競争優位性を維持する。
調達部門では、バランススコアカードを活用して数値目標だけにとらわれず、長期的なリレーション構築や組織力の強化も視野に入れることが求められます。
まとめ
調達部門における戦略的な意思決定には、経営戦略フレームワークの活用が不可欠です。特に「5つの力」「バリューチェーン」「バランススコアカード」の3つのフレームワークは、次のような視点から調達戦略を強化します:
- 業界構造の理解:5つの力で業界環境を分析し、売り手の交渉力や市場競争の状況を把握する
- 価値創出の仕組み:バリューチェーンにおける調達の役割を明確にし、効率的な物流と調達戦略を構築する
- 多角的な評価:バランススコアカードを使って調達部門の活動を多面的に評価し、短期的な目標と長期的な組織強化のバランスを取る
これらのフレームワークを駆使することで、調達戦略を最適化し、企業全体の競争優位性を高めることができます。